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「そ。聞かないなら聞かないでいいよ。だったらあたしが勝手に喋る。ここからは、あたしの一人言と思ってくれ」
無論、あたしが今目の前を歩くtigreのドンにここまで固執する理由などぶっちゃけると無いのだが――気が向いたのだ。
気が向いた、イコール、気まぐれ。
何せあたしは言っただろう。『特にやることがない』と。
だったら、この狐耳を生やした可愛いらしい小さなドンに、あたしの詰まらない与太話を聞かせてもいい筈だ。
だって、あたしのその言葉に、この小さなドンは何も答えないのだから。
「あたしの知り合いはね、女みたいなヤツなんだよ。いっつも寝不足で不機嫌。挙げ句あたしの真似をしてか否か、顔にペイントを入れてるんだ。確か武器が――今は手榴弾だったか。まあ何でもいいんだけど、ソイツがね、ふと、今日気になってさ」
言いながら、あたしはアイツを思い浮かべる。
「別に、昔ちょっと戦闘(バト)っただけなんだけれど、あまりにも戦い方が印象的でね。だって糸だぜ糸。生まれて初めて死ぬかと思ったよ」
tigreのドンは何も答えず、言わないが――きっと、あたしが誰の事を言っているか判っているだろう。
凶暴で狂暴で、どこにも属していなかったアイツが大人しくなって、どこかに属するアイツになって――そんなアイツが属した場所が、ギャングだと聞いたのだ。
「ああ――あたしはさ、アイツが大人しくなっているのならそれでいいさ。荒れていた頃のアイツは、随分とブチ切れていたからね。あなたも気を付けるといいよ。いつか――すっぱり殺られないように」
その台詞で、tigreのドンは足を止め、振り返ってあたしを見た。
何だろう。あたしは何かまずい事でも言っただろうか。あたしは何か、地雷でも踏んだのだろうか。
あたしは、浮遊移動を止めた。
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