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夕方を過ぎ、出払っていた部下達も戻ってきて、それぞれ家路につく。仕方なく報告書を作る手をとめて、定刻であがることにした。
仕事を翌日に回す。それは仕事一筋の武内にとって、あってはならないことだった。しかし、どうしても手が止まってしまうのだから仕方がない。
こんな日は、一杯飲むに限る。そう考えて武内は行きつけの居酒屋に立ち寄った。
小料理屋とスナックを足したような和風のダイニングバーで、様々な種類の酒と肴を提供してくれる。若者が行くようなチェーン店ではなく、かといって女性が横につくような如何わしさもない。武内は落ち着いてゆったり酒が飲めるこの空間が気に入っていた。
「あら、いらっしゃい。こんな世界が終わろうというときにも仕事?」
「俺にはこれしかないんだよ。熱燗をもらえるかい? そういう女将さんだって客相手に酒を振る舞っているじゃないか」
武内がカウンターの椅子席に座ると、湯気の立った徳利とおちょこが運ばれた。
「こんな日だからよ。最後の日に、酒が飲みたくても飲めない。そんなの悲しいじゃない」
お通しの玉子焼きを箸でつつきながら、「それもそうだ」と同意した。そのおかげで自分もこうやって酒が飲める。
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