第1話

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「今日、松永が辞めたよ」  おちょこにちびりと口をつけると、そう漏らした。 「珍しくあなたが連れてきた、あの若い子?」  武内は頷いた。二人は一度この店で酒を飲んで語り合っており、その時のことは今でも鮮明に覚えている。  世界が終わると決まってから辞職するものが増えていく。そんな中、武内同様に死ぬまで職務を全うしようとする新米がいた。それが松永だった。武内はそんな松永を気に入り、飲みに誘った。 「僕は両親を幼い頃に亡くしました」  徳利を何本か空にした後、呂律の回らない口調で松永は語り出した。  両親を亡くした後、親戚をたらい回しにされ最終的には施設に預けられた。財産の配分やら、残った遺品の整理やら、幼い彼は大人の浅ましさを見て荒んでいた。 「僕を救ってくれたのはナタリア司祭でした。司祭から聖書を貰い、そこに正しい生き方を見たのです」  松永は首から下げた十字架を、愛おしそうに眺めた。松永にとってナタリア司祭は親も同然であった。司祭から洗礼も受け、彼の洗礼名はキュリアスだという。その正しい生き方こそが刑事という仕事なのだ。
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