第3話 捨て猫

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ボクが迷っている内に、おじさんは「知るわけないか」と勝手に決めつけて話を変えてしまった。 「キミ、うちに来るかい? 寒いだろう。もうすぐ雪も降り出すらしい」 おじさんはゲージを開けて手を伸ばし、ボクを抱き上げる。 姐さんの言葉通りなら、ボクはおじさんに連れて行かれるわけにはいかなかった。 暴れようにも、おじさんの手はあまりにも大きくて、ボクの身体はあまりにも小さい。 ダメかもしれない、と諦めかけた時、 「……やっぱり、嫌だよね。キミはとても家族に愛されていたようだもの」 ふわりとゲージに戻された。 おじさんの片手には、いつの間にか白い紙が握られている。 「キミの家族からの手紙だ」 ぽん、とボクの頭をひと撫でして、立ち上がったおじさんの声は離れていく。 「間に合うものならば、戻ってあげてほしい。『タイヨウ』」 太陽。 それは確かにボクの、捨てられてしまったはずの、名前だった。 「タイヨウ、ラッキースターに会ったら伝えて欲しい。僕は最期まで待っていると」 おじさんの姿が見えなくなるまで、姐さんは決して動かなかった。 『お前、字読めねえのか』 しばらくしてからやっと顔を出した姐さんが、手紙を覗きこんだ。 『お前の家族、明日を待たずに死ぬ気だよ』 夢の国の意味を、姐さんが教えてくれた。 『こう書いてある』 ――家族全員で逝くつもりでした。 だけど、最期まで私たちの希望だったこの子には、生きて欲しい。 どうか運命の瞬間まで、この子が幸せでいられますように―― 逝く、というのは、夢の国へ行くのとは、意味が違うらしい。 ――愛する太陽、どうか優しい人に拾われますように。 あったかくて明るくて、名前の通りお日様みたいだった太陽。 残された1日を、どうか幸せに―― 『どうすんだ、お前』 『姐さんは?』 『アタシは予定通り……』 『おじさんは、待ってるって、言ってたよ』 姐さんは迷惑そうに、また顔をクシャクシャにする。 ボクはゲージを飛び出して、初めて外の世界を踏んづけた。 『ありがとう、姐さん。ボクはボクの家族のところへ帰るよ』 姐さんがそれからどうしたのか、ボクは知らない。 ただ大好きなパパとママとマユミの元へ、がむしゃらに走った。
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