最終話 飼い猫

1/3
前へ
/16ページ
次へ

最終話 飼い猫

「ケイト、僕の故郷の話を聞いて?」 いつかキミを連れて行きたいと思ってたんだ、と、ユウジは話しはじめた。 草原、緩やかな丘、降り注ぐ太陽。 キラキラ光輝く小川、森には果実や木の実。 沢山の色とりどりの花が、風にそよいで揺れる。 そんな中を、元気に駆け回る動物たち。 夢の中のような、幸せに満ち足りた優しい世界。 ――そこがユウジの故郷ではないことを、私は知っていた。 彼は多分、自分の故郷など知らない。 語っているのは、彼の理想の地だ。 雪の降り始めた窓の外をチラリと見やると、ユウジは立ち上がってカーテンを閉めた。 「そこはいつも天気が良くてね」 空は真っ青で高く、陽射しがぽかぽかと暖かい。 雨は降らないけど、川の流れは豊かで水には困らない。 上流には滝があるから、しょっちゅう虹が出ているんだ――。 ユウジが語る世界が、私には見えた。 私はその国を知っている。 私がもうすぐそこへ行くだろうことを、私はよく分かっていた。 ユウジは、何をどこまで、分かっているのだろう。 「ケイト、キミは虹を、見たことがあるかい?」 ――ユウジ。 猫の色覚にはね、赤や緑はないんだよ。 くすんだ青と濁った黄色の世界の中に、私は生きている。 ニンゲンが虹と名付けた架け橋を、私は未だに見たことがない。 だけど。 「もしも一緒にそこへ行けたら。ケイト、一緒に虹を見よう。七色の橋を、僕たちはもしかしたら、渡れるかもしれないよ」 ユウジが頭に描いた世界が、私には見えた。 今私の頭の中には、生まれて初めて見る鮮やかな色が散りばめられている。 ああ、ユウジ。 キミはこんなにも美しい世界の中で、ずっとひとりで生きてきたのだね。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加