最終話 飼い猫

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大好きなこのヒトに、泣いて欲しくなかった。 傷ついて欲しくなかった。 悲しませたくなかった。 ずっと傍にいたかった。 「ケイト」 優しい、美しい、綺麗なユウジ。 大好きなユウジ。 私のユウジ。 「その窓に鍵をかけることが、僕にはどうしても出来なかった」 ユウジ、キミの目から落ちる雫すら、なんて奇麗なのだろう。 いっそ閉じ込めてくれていれば、私はキミのせいに出来るのに。 「行ってしまわないで。僕が必ずキミを守るから」 ――キミを包んで、キミが怪我をしないように、傷つかないように、痛い思いをしなくて済むように、怖くないように、醜いものを見なくて済むように、僕が守るから。 そうしてほんの少しだけ先に逝く僕を、お願いだから、一番近くで看取って。 僕はキミの亡骸を見る前に、一足先に約束の場所へ戻るから―― その叫びが、切実であればあるほどに。 ……痛烈であった。 窓枠に飛び乗った、微かな風は彼に届いただろうか。 彼は窓に鍵をかけなかった。 これは、唯一彼が私のために残した逃げ道である。 彼は私の自由を奪うことを良しとしなかった。 私は彼の元で、いつだって自由だった。 それは彼の、深い深い愛だった。 「ケイト」 ――ユウジ。 「……また会おう、ケイト。――僕の『故郷』で」 『虹の橋』は―― ニンゲンに愛された動物が、死後その人と再会するための場所である。 私がユウジの元を離れるのは、猫の掟のためなどではない。 彼と再び巡り合う、ただそのためである。 彼は私に逃げ道を残した。 それは、深い深い愛だった。 私にはここに残るという選択肢があった。 掟を破ることは、そう難しいことではない。 残ることはつまり、彼の深すぎる愛に応えるということだった。 私のこの、育ち過ぎてしまった愛を以て。 そのようにして全てが過ぎ去った後、きっと私たちの前には、『虹の橋』は現れないだろう。 さようなら、ユウジ。 愛しいユウジ、私だけのユウジ。 キミが夢見た、キミの理想の美しい世界で。 もう一度、巡り合いましょう。 私はキミのペットとして、家族として、きっとそこで待っています。 もう一度巡り合えたら、今度こそ決して、私はキミから離れない。 今日この暗闇の中で確かに感じたキミの深すぎる愛を、私はきっと、永遠に忘れない。
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