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どこに行ったんだ。
死ぬ時は一緒にと誓っていた片割れと、一時でも離れて行動したことが悔やまれる。
だがあの狂気の中には、どうしてもアイツを連れて行きたくなかった。
闇雲に探し回っていた俺を、不意に鼻をつく異臭が襲った。
前方からふらりふらりと俯いたまま近寄ってくる人間――ホームレスというヤツだ。
大嫌いな人間の中でも底辺の人種。
ああクソこんな時に、ついてねぇ!
方向転換、しようとした時だった。
聞き覚えのある声が、俺を呼ぶ。
産まれてこの方名前のない俺を、正しく呼ぶのはアイツだけだ。
立ち止まる。
振り返る。
異臭の根源である大きな男が、その場に片膝をついてしゃがみ込んだ。
声は、男の腹の中から聞こえた。
まさか。
――一瞬本気で、アイツがホームレスに食われたのかと。
毛を逆立てて威嚇の姿勢をとる俺に向け、男は服の中から抜いた手を差し出した。
『やっと会えたね、おにいちゃん』
男の手から飛び降り嬉しそうに駆け寄ってきたのは、山から戻ってからずっと探していた妹だった。
『おじさん、ごはんくれた』
そう言われて見上げると、大男はまた服の中に手を突っ込んだ。
それから少し異臭のする湿ったパンくずをちぎって、俺たちの間に投げる。
『おじさんのお腹、とってもあったかかったよ』
ホームレスは、無言で元来た道を引き返していった。
『なあ』
『なあに? おにいちゃん』
名前のない妹が、くさいパンを旨そうに頬張りながら首を傾げる。
『――あいつも誰にも見られずに、死んでいくのかな』
少なくとも。
今まで見てきたどんな人間より。
死に急いだ馬鹿な猫たちより。
仲間を葬ってきた、血に濡れた俺よりもずっと。
人間の底辺に属するはずの、異臭を放つあの男は――。
『じゃあ』
パンを食い終った妹が、笑顔で言った。
『おじさんも仲間にいれてあげよっか』
……ああ、どうせ死ぬんだ。
猫の掟なんて、クソ喰らえかもしれねえなぁ。
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