第3話 捨て猫

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第3話 捨て猫

「クリスマスイブだというのに」 ユウジはまた、悲しそうなため息を吐いた。 そういうユウジだって、特にクリスマスらしいことをしているワケじゃない。 珍しくコーヒーにチョコレートを落としたのが彼にとってはクリスマスの儀式のようだが、私にはその結び付きは理解できなかった。 テレビが垂れ流すニュースに、彼はいつも顔を歪める。 終焉の時を間近に、死に急ぐのは何も猫だけではない。 ニュースはもう大分前から、自殺者についてどこの誰という伝え方を改めていた。 『本日正午までの県内の自殺者件数です』 地域版でも名前を報じなくなったのが単にその膨大な数のためなのか、逝ったニンゲンもしくは遺されたニンゲンへの配慮なのかは分からない。 確かなのは、報告される数が増えていく一方だということだけだ。 あとたった1日を待つのが、そんなに怖いのか――、聞こえてくる名も無き死者の数字に問いかけながら、その答えを本当は私も知っている。 もしも私がユウジと出会ってさえいなければ、知らずに済んだだろうその答えを。 「クリスマスイブはね、ケイト」 そう、小さな声でユウジは話す。 私の頭を優しく撫でながら。 「家族や恋人と、笑顔で過ごす日なんだよ」 ――そうだね、ユウジ。 今日はずっと一緒に過ごそう。 ユウジは私にとってたった1人の家族で、ユウジにとっての私も、そうなのだから。 出された卵焼きに喉を鳴らして応えれば、ユウジはとても穏やかな微笑みを返す。 いつだってこの優しいヒトが望むほどには、世界は美しくないし、幸せじゃないし、悲しみに満ちている。 だけど彼は、卵焼きに喜ぶ私を見るだけで、いつだって幸せそうに笑ってくれるのだ。
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