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「いいよ、買い物なら俺行くし。つか、あのさぁ」
俺は乱暴に靴を脱ぎ捨てた。足音高く短い廊下を進み、部屋の入り口を塞ぐようにして立つ。
場所をとる趣味は互いにないから、広くはないものの2人で暮らしていけている。
住人である俺でさえ野郎の部屋とはとても思えないほど整理整頓されているのは、同居人が掃除を欠かさないからだ。
彼ん家は両親が共働きで以前から自分のことは自分でしていたらしく、大抵の家事は出来る。
今まで親に頼りっぱなしで、まだまだ知らないこと、慣れないことが多い俺を支えてくれていた。
正直、彼がいなければ生きていける気がしない。感謝しているし、自分も彼の力になれればと思う。
だからこその苛立ちだ。
「かぐや君さ」
「……その呼び方やめろよ」
「いい加減教えてくんねーかな」
鞄から財布を探していたかぐや君は、中腰の姿勢のまま固まった。
「何で最近、泣いてんの」
彼は動かない。
俺に尻を向けたまま、ぶっきらぼうとも取れる口調で呟く。
「……泣いてねえよ」
「は? いや、泣いてんじゃん。今だって目ぇ赤くしてさ」
「赤くなんてしてねえし」
「嘘つけじゃあ見せろちゃんと俺の目見て」
「……か、花粉症なんだよ」
「お前な、花粉症舐めんな! 鼻水とかもっとひどいっつの」
「そんなの……人によるだろ」
「い、い、か、ら、言え!」
怒気もボリュームも増した声に、かぐや君はびくっと震え、叱られた子供のようにそろそろと背筋を伸ばした。
その手にはシンプルな黒い長財布。
沈黙は束の間で。
「ごめん」
返される言葉が、再び震えを帯びた。
その一言に、何故だか怒りは急速に失せる。
かぐや君はぐるりと身体を反転させ、開き直ったようにこちらに向かってきた。
眼前に聳え立った彼は、思い詰めた、それでいて迷いをありありと感じさせる表情をしていた。
思った通り、腫らした赤い目で俺を見下ろして。
「…………買い物、いってくる」
そして俺は、彼を見送った。
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