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「気付いてたんですか」
「……あの、敬語、やめてください」
「気付いた上で言ったわけですか」
「……そうです」
――駄目だ。
顔を隠すように額を抑える。
沈黙の末、かぐや君がもどかしげに奇声を発した。
「だって、お前が男から好かれんのすげー嫌なんだって、痛いくらい分かったし! だから、もう騙してらんないし好きだしで、もう終わりにしようって思ったんだよ!」
そのとき俺は、かぐや君の、大きな大きな誤解に気づいた。
顔の熱が、一気に吹き飛ぶ。
「だから、忘れてくれよ……男から好かれるのなんてありえないんだろ? だったらありえなくしてくれよ、あの日のことも、俺のこともさっぱり忘れて、もう構わないでくれ!」
「かぐや君」
自分でも驚くほど、冷ややかな声が出た。
かぐや君がはっと震える。
「俺を舐めんなよ」
俺は一歩前へ出た。
ぐにゃ、と柔らかで不快な土の感触。木漏れ日が真上から差し込んでいて眩しい。
けど、そんなことに構わず、かぐや君を睨めつけたまま声を張る。
「男に告られるのなんて、慣れてるっつーの。男から好かれんのがすげー嫌? そりゃ嬉しくもないけど、今更、別に嫌悪感も何も感じねーよ」
かぐや君の目が、目尻から裂けてしまうんじゃないかと思うくらいに、見開かれる。
「ありえないって言ったのは、男から好きだって言われることにじゃなくて、告られて、襲われんのがってことだって。そこ二つがセットなの。誰だって思うだろ、返事もしないうちから身体触られんのなんてさ、絶対、ありえないだろ?」
そして、みるみるうちに萎んだ。
「……やっぱ、ありえないよな。……急に抱き締めて、ごめん」
「だからさぁ!」
俺は苛々と頭を振る。
俺が一体どんな決意をしてきたか、さっさと分からせてやりたい。というか、悪いけどそれまで一切喋らないで欲しい。
「もういい。単刀直入に言うことにする」
かぐや君が再び口を開いた。遮るようにして、言葉を放る。
「かぐや君。月から帰ってきて欲しいです」
何事か発しようとしていた唇が、驚きに結ばれる。
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