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かぐや君と出会ったのは、高校2年の春だった。
とはいえ、実際に交流し出したのはその年の秋から。同じクラスにいながら、俺たちは半年以上の間、挨拶を交わす程度の仲に留まっていた。
仲良くなったきっかけは、ありがちだが席が隣になったこと。
ホームルーム後の休み時間になって、よろしく、と声を掛けてみたらびくりと構えられた。
きょとんとする俺の顔をまじまじと見詰めた彼は、ふいに思い出したように首を竦めて、
「よろ、しく」
何だか、折角美人なのに勿体ない。声だって小さくて籠もっていて、折角低くてかっこいいのに勿体ない。
それが第一印象だった。
「ひょっとして人見知り? えっと」
失礼ながら名前を思い出そうとすると、彼は間髪いれずに、しかし小声で教えてくれた。
月野宏。
俺は目を丸くした。
「つきのひと? 」
「ち、ちがくて。つきの、ひろ」
「何だ、ヒロくんね。何だよ月の人って、あれじゃん、かぐや姫じゃん」
聞き間違いの罰の悪さから笑う。けど、いかにも困ったように歪んだその綺麗な容貌を見返して、はたと思った。
「月野君って、かぐや姫みたいだな」
「は? ど、どこが!? 」
ーーほら、声を張ったらかっこいい。まあ、今のはちょっとひっくり返りそうだったけど。
頭の端でそんなことを考えつつ、俺は指折る。
「だって肌白いし、髪も真っ黒だし、顔良いし。目細いとことかも、かな? あと月野って名字? 月と言えば、かぐや姫だろ」
「……いや、普通は、うさぎだろ」
「そう? でも、月野君はうさぎよりはかぐや姫に近い」
何せ、俺よりゆうに10センチは背が高い。小動物の名を冠するにはでかすぎた。
何事か不満をぼやきつつ首の後ろを擦る彼を余所に、俺は満足げに宣言する。
「じゃ、今日からかぐや君って呼ぶから」
あだ名をつけると、それだけで親しくなった気がしていい。要は自己満足の問題。
彼は頬を赤くして、やめろよ、と言った。
心から嫌がっているようではなかったから、その後、俺はかぐや君呼びを強行した。
事実、抵抗の意思を見せながらも、彼はちゃんと返事をしてくれた。
「かぐや君、お昼一緒に食べよ」
「それやめろって……わかった」
「かぐや君って芸術何とってんの」
「だからやめろよ……美術」
「かぐや君、教室に蝶々入ってきたよ!」
「だから、……うわ止めろ近づけんなって!!」
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