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その様子にぎょっとしつつ、嫌なら全然いいんだけど、と慌てて前置きした上で、かねてより考えていたことを、いつもより少し早口に喋った。
二人で暮らせば家賃が浮くこと。
ちょっと事情があって寮生活は嫌なこと。
今まで家事は親任せだったから、いきなり一人暮らしするには不安があること。
かぐや君となら上手くやっていけそうだと勝手に思っていたこと。
勿論大半は俺の都合だから、嫌なら本当に、全然、これっぽっちも気に止めなくていいことーー
「どう、かな」
相手に振る形で話を締めたけど、座卓の向こう側で正座をする彼は、時が止まったように瞬きひとつしない。
しんしんと雪の降る音さえ聴こえてきそうな静寂のなか、ひたすらに答えを待った。
そしてーーこんな空気になるなら言い出さなければ良かったと、後悔さえ覚え始めた頃になってようやく、俺は返答を諦めた。
「やっぱ」「俺で」
声を出したのは同時。
俺が口をつぐむ前で、彼の大きな手のひらが、激しく音をたてテーブルに吸い付いた。
お? お? と戸惑う俺を余所に、かぐや君は身を乗り出すようにして、悲鳴に似た響きで言った。
「お、俺で……俺でよければ、よ、よろこんで!」
外を舞う雪のようだった肌を紅潮させ、切れ長の目を爛々と光らせて。
それは初めて見る、興奮に落ち着きを失ったかぐや君だった。
そんな姿を見てーー
俺は、ぶっ、と噴き出した。
彼はすぐさま正気に戻り、ごめんと喚いて身を引いた。何だかそんな仕草までおかしくて、俺は一人で腹を抱えた。
笑いの波が引いたあとで、目尻を拭いつつ、
「かぐや君、謝んなくていいけど、ちょっと、てかかなり、大袈裟すぎ」
「……ごめん」
「だから謝んなって……まあ、いいや。じゃ、そういうことで一つ、どうかよろしくお願いします」
ありがとう。
そう、極限まで小さく赤くなったかぐや君に、目を細めて告げた。
それから俺たちは互いの親に話して、それぞれ了承を得た。
二人で部屋の情報を集めて、大学やコンビニとの距離なんてのを吟味して。共同生活していく上での取り決めなんてのも話し合ってーー
今に至る。
俺たちは上手くやってきた。
少なくとも、やってきたと思っていた。
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