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駅前の停留所に着いたときには、もう陽が沈みかけていた。
停留所には20人ほどのサラリーマンやOL、主婦やお年寄りでごった返していた。
「ねぇあかり。この中で犯人が誰か……」
分かる? と言いかけて、停止する。
隣にいたはずのあかりが、いつの間にか停留所から少し離れたベンチに座っている、3人の男達と一緒にいた。
あかりは座っている男達と話しているが、その声は私まで聞こえない。
私は一瞬、周りのバスを待つ人達とは、全く違う世界にいるような感覚を覚えた。
ベンチに座っている男達は、私みたいな学生でも分かるほど、カタギの世界とは別の世界に生きる人間の雰囲気をかもし出していた。
あかりは私の方には一切目を向けずに、財布から取り出した紙幣の束を男達に渡す。
男達は財布の中に紙幣を詰め込み、視線を私の方に向ける。
男達の近くにいた中年のサラリーマンはその一部始終を見ていたが、何かするわけでもなく、目をそらして立ち去る。
むしろ、その男達に巻き込まれないようにしているのが目に見えて分かった。
あかりが初めてこちらを向き、にっこり微笑む。
普通に微笑んでいるだけなのに、とても不気味に見えた。虫酸が走るほどに。
私はそこでようやく、はめられた、と確信した。
人間の本能からか、体の反応は早かった。180度体を反転させて、人目も気にせずに走り始める。
誰も助けてはくれない孤独な逃走劇の幕が上がった。
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