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4.オーデルクの公子
月が輝きを失って薄青くなった空に溶け込み、その代わりに、まばゆい朝の太陽が天のドームをゆっくりと昇る。
ナディルは目を開け、四角い窓の形に切り取られた明るい白銀色の空を、ぼんやりと眺めた。
ほのかに漂う薬草の香りが、心地よい。
今しがたまで夢の中で一緒に過ごした銀の髪の若者の姿を、ナディルは何度も思い返した。
彼……エリュースの夢を、また見てしまった。
ナディルは翡翠色の目を宙に漂わせ、深く息を吸う。
本当は、彼が夢に登場することを待ち望んでいた。
毎晩そのことをそっと願って、眠りに就く。
現実の世界で会えないのなら、せめて夢の中ででもいい。彼に会いたい。
この目で見ることの出来ない彼の顔を見て、この手で触れることのかなわぬ彼に触れたい。
けれども、夢から覚め、それが夢であるとわかった途端、気の遠くなるような悲しみが、影のようにナディルの体を覆い尽くすのだった。
夢の中では、隣にいて微笑んでくれていた彼は、現実にはここにはいないのだ。
どんなに手を伸ばし、探し回っても、見つけることは出来ない。
そのことが、明るすぎる太陽の光でよけいに気づいてしまう朝。いやというほどわかる、きれいな朝だ。
ナディルは、両手をかざした。
エリュースと手を繋いでいた。
あれは、舞踏会だった。猫の仮面を付け、正装していた彼。
彼と踊ったあの短い時間の、夢の中での虚しい再現だった。
まだ彼の手のあたたかい感触が残っている。不思議なくらいに、はっきりと。
彼の黄色い目の色も、銀色に輝く髪も、鮮やかすぎるほどに覚えている。あれが夢だなんて……。
彼の微笑み、自分を呼ぶやさしい声。
全部、頭の中での出来事なのだ。記憶と意識が作り出した物語。
いっそ、夢が永遠に覚めなければいい。たとえ夢の中でも、エリュースといられるのなら。
ナディルは、半ば本気でそう思う。
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