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廊下には、ナディルが置きっぱなしにしておいたものはなかった。
掃除の行き届いた清潔な空間に、旅人たちの出立の緊張感が、朝の空気と共にかすかに漂っているだけだ。
あの人さらいの二人組の姿はおろか、サラマンサのロープの端くれさえ見当たらない。
「逃げたのかな。でも、変だな。彼らがロープを自分ではずせるわけないし。あれをはずせる人が、そのへんにごろごろいるとは思えない」
自分の判断は、間違っていたのだろうか。
いつも張り詰めるようにして抱いている自信が、ほんの少し揺らいだ。
「どうしたの、ナディル」
ガガが眠そうな目をしばたたかせて、ナディルのそばにパタパタと飛んでくる。
「あれま……」
ガガは廊下を眺め、溜め息をついた。
「あいつら……。やっぱり、部屋の中に入れておいたほうがよかったんじゃないの」
「冗談じゃない。あの人たちと同じ空気を吸いながら眠るなんて!」
ナディルは、思いきり顔をしかめて見せる。
「でも、これで懸賞金はパアで、当分安宿、もしくは野宿かな。あーあ」
ガガは、欠伸をしながら言った。
「仕方ないよ。もともと想定外の出来事だったもの」
その時、廊下に人影が現れた。
ナディルとガガは、緑の目と赤い目を、その人物に同時に向ける。
あの金髪、アメジストの目の若者だった。
ナディルにエリュースの情報を提供し、ナディルを心配しながらも立ち回りを見物していた、どこかおっとりとした、人のよさそうなあの美青年。
「やあ、おはよう、翡翠のナディル」
若者が笑って、軽く会釈する。
悪党二人組の姿が消えていることなど、気にも留めていない様子だった。
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