4.オーデルクの公子

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 廊下には、ナディルが置きっぱなしにしておいたものはなかった。  掃除の行き届いた清潔な空間に、旅人たちの出立の緊張感が、朝の空気と共にかすかに漂っているだけだ。  あの人さらいの二人組の姿はおろか、サラマンサのロープの端くれさえ見当たらない。 「逃げたのかな。でも、変だな。彼らがロープを自分ではずせるわけないし。あれをはずせる人が、そのへんにごろごろいるとは思えない」  自分の判断は、間違っていたのだろうか。  いつも張り詰めるようにして抱いている自信が、ほんの少し揺らいだ。 「どうしたの、ナディル」  ガガが眠そうな目をしばたたかせて、ナディルのそばにパタパタと飛んでくる。 「あれま……」  ガガは廊下を眺め、溜め息をついた。 「あいつら……。やっぱり、部屋の中に入れておいたほうがよかったんじゃないの」 「冗談じゃない。あの人たちと同じ空気を吸いながら眠るなんて!」  ナディルは、思いきり顔をしかめて見せる。 「でも、これで懸賞金はパアで、当分安宿、もしくは野宿かな。あーあ」  ガガは、欠伸をしながら言った。 「仕方ないよ。もともと想定外の出来事だったもの」  その時、廊下に人影が現れた。  ナディルとガガは、緑の目と赤い目を、その人物に同時に向ける。  あの金髪、アメジストの目の若者だった。  ナディルにエリュースの情報を提供し、ナディルを心配しながらも立ち回りを見物していた、どこかおっとりとした、人のよさそうなあの美青年。 「やあ、おはよう、翡翠のナディル」  若者が笑って、軽く会釈する。  悪党二人組の姿が消えていることなど、気にも留めていない様子だった。
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