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 人は美しいものが好きだ。 美しい花、美しい歌、美しい景色、美しい服、美しい建物 そして美しい顔。 東雲薫もその「美しい」に組み込まれた一人だった。 バランスのとれた体躯に、色白な肌、なにより繊細で中性的な顔立ちは世の女性よりも数倍美しかったし、彼自身その事実を真摯に受け止めていた。 憧れられることもあれば、妬まれることもあるその顔に、彼はそれなりに愛着もあったし、慣れていた。 薫はレンギョウの黄色い花が左右から迫る階段を登りながら、自分の頬にそっと触れた。  彼は今日、山の手にある有名私立高校に入学する。 今年から共学になった元中高一貫のお嬢様学校だ。 何故この学校を選んだかと問われれば、おそらく薫はからっと晴れ渡る笑顔で「なんとなく」と答えるだろう。 けだるそうに鞄を肩にかけて歩く薫を見て、薫と同じ学校の制服を着た女生徒たちが嬌声をあげた。 「やだ、超かっこいい!」 「ねえ、同じ学校だよ!ラッキー!」 「王子様みたい!」 聞こえないふりをしても聞こえてくる甲高い声に、薫は小さく溜息をついた。  ふと目の前で花吹雪が舞う。 目を上げれば満開の花をつけた桜の大木が堂々と立っていた。 いつの間にか薫は煉瓦の塀と白い門扉の前に着いていた。 いかにもお嬢様学校といった雰囲気の校舎に、思わず苦笑いがもれる。 そのとき背中を何かに押され、すっかり力を抜いて立っていた薫の体は前のめりになった。 一言文句を言ってやろうと振り返ったとき、薫の目には「美しい」少女の姿が飛び込んできた。 波打つ褐色の長い髪に、青みがかった瞳、陶磁器のように滑らかな肌に覆われた小さな顔が細く長い首についていて、制服のスカートから伸びる長い脚には傷一つなかった。 風に舞う花のなかに立つその少女はどこか人間離れしていて、桜の妖精だと言われれば信じてしまいそうだ。 いかにも女子校っぽいのが出てきた。 薫は頭の中でそんなことを考えた。 おそらく高くて細い声で「まあ、ごめんあそばせ。お怪我はありませんこと?」なんて言うんだろう。 少し滑稽な気がして、薫は少女の唇が動くのを待った。 「すまない、よそ見をしていた。」 落ち着いた声で発せられた言葉は、少女の外見にあまりに不釣り合いな言葉づかいだった。 思わず薫は目を瞬く。 「悪かった。大丈夫?」 「え、あ、ああ。大丈夫だよ。」 薫は慌てて笑顔を取り繕う。
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