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加藤は考えた。世界中の人間が正気を失い自暴自棄になっていく中、日本人は比較的冷静さを保っているように見えた。ところが最後の日を迎えておさえつけていたタガがついにはずれてしまったのかもしれない。
加藤の中で渦を巻いていた恐怖は、いつのまにかひっそりとした諦感に変化していた。空中に次々に身を踊らせる人々を見ても、今はもうなにも思わなかったし、込み上げてくるものもない。
加藤は女が誰かを思い出せなかったことを悔やみ、久しぶりに心が平穏を迎えていることを静かに喜んだ。そして綾には悪いことをしてしまったなと考えたところで、視界は完全な暗闇へと暗転した。朝はもう来ない。例えそれが最後の朝だとしても。
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