二月の君は

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 留守じゃない。 テレビもついているようだ……。  部屋の前でそう感じ取りながらドアをノックする。  相手を待つ間も室内の気配を自然と探り続けてしまうのは、職業柄というやつだろうか。 「はーい」  微かに訝る声のあとに足音が近づき、ドアは開いた。  僕を見上げて「あ」と目を見開く彼女に、穏やかに挨拶。 「こんにちは、唯」  作り笑いじゃなく、再会の嬉しさに頬を緩めた。 「コーヒー入ったよー」  陽気な声と共に、キッチンから唯が姿を現す。  わざわざありがとう、とすまなさそうに微笑む彼女は、 「いただいたお品を見た限り、里帰りしてきたの?」 「三日前に帰ってきた。……少し、遅くなったけど」  仕方がなかったとはいえ、家庭の諸事情ですぐに動けなかったのは残念だ。  だが今こうして二人きりになれたささやかな幸福が、僕の心を穏やかにしてくれていた。  三ヶ月前にはなかった指輪が彼女の左薬指で光を放っていたことで、再び暗鬱になりかけていたとしても。
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