第1話

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 特に意味もないのに、蛇口を最大に開けた。  勢い良く出る水に、泡だけが流されていく。 「くっそぉ……落ちねぇ」  染み抜き専用の洗剤がなかったから、いつもの洗剤を染みになった箇所に塗り、揉み洗い。  そして、揉み洗い……  でも、薄らと残った赤みは、落ちそうにもなかった。 「やっぱり善は急げだったなぁ」  気に入ってたのに。  染み抜き用の洗剤だと落ちるかな?  Tシャツを絞って、ハンガーに掛けた。  今、外には干せないから、部屋に干すことにした。  男物の洗濯物があったら、オレがここにいることがバレてしまうからだ。  部屋に戻る途中、腹の虫が鳴った。  そういえば、朝食を食い損ねたことを思い出した。 「……まだ大丈夫、だよな?」  空腹には敵わない。  別になければないで我慢出来るのだが、近くに、手の届く場所にあると、それが出来なくなるのだ。  本能には逆らえない。  オレは、キョロキョロと、まるで泥棒のように、キッチンのドアから顔を覗かせた後、するりと中に入る。  そして、冷蔵庫を開けた。  作っている暇はない。  すぐ食べられる物……ハムでも、チーズでも、出来れば野菜じゃなくて、辛くない物で、納豆じゃない物…… 「もう少しマシなもんねぇのかよ?」  思わず愚痴りたくなる冷蔵庫の中身。  全部、材料になる物だった。  アイコさんは不規則生活だ。  食事だけでも栄養になる物を、とオレが買い揃えた食材。  まさかそれが仇になるとは思わなかった。  しょうがない……ご飯は残っているし、ちょっと炒め物でも……  アイコさんもまだ昼食を食べてないだろうし。  えっと、時間は………… 「あれ? あなたは?」 「へ?」  振り向けば、若い女が目を丸くして、オレを……見ていた。
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