第1話

19/20
前へ
/86ページ
次へ
 茜空が一番好きだ。  優しいような、でも、どこか哀しげで。  何事にも終わりがあることを常に告げているような――  そんなこの世を一瞬だけ、綺麗なものに見せてくれる。  その時間にはいつも、オレはアイコさんと一緒にいた。  向かい合って夕飯を食べることが、段々当たり前になっていく。  心地良い居場所―― 「ねぇ、ゆうちゃん、お醤油」 「はいはい」 「『はい』は一回」 「はぁい」 「よろしい」  醤油を渡せば、「ありがと」といつもの返事。  この姿で会話をすることも、今では当たり前だ。  朝と何も変わらない。  アイコさんは、スッピンの万年ジャージ姿で、オレのことを“ゆうちゃん”と呼んで…… 「ゆうちゃん、今日はごめんね」 「え?」  急な謝罪に、オレはと戸惑った。  なんのことだろう?  すると、先まで普通だったアイコさんが、すごく心配そうな顔をした。 「朝からずっとバタバタさせちゃって……あたしを庇って倒れた時……本当にどこも打ってない? 怪我しなかった?」 「倒れた? あっ、あれね」  別に、あれでもこれでも、どれでもいいけど。  朝のことなんてすっかり忘れていた。  でも、アイコさんはずっと気にしていたようだ。 「大丈夫だよ」 「本当に?」 「本当だってば。心配性だなぁ、アイコさんは」 「だって……」  あの時は、客人が来ることで頭がいっぱいだったのだろう、とオレは思う。  きっと、普通の家族じゃないオレが、客人に見付からないようにと気を張っていたのだ。  前からそうだったし、本当にどこも何もない。  だから、オレは言う。 「気にしなくていいよ」 「……ありがとう」  アイコさんが笑う。  それが、今のオレの心を落ち着かせてくれる。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加