第1話

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 よれよれのジャージ姿の女主人と向かい合って朝ご飯を食べることに、漸く慣れた。 「アイコさんは、無理し過ぎなんだよ」 「ゆうちゃん、そこのお塩取って」 「あ、はい」 「ありがと」 「…って、聞いてんのかよ?! オレの言葉」 「『あ、はい』って言ったじゃん」 「それじゃなくて!」  バンっ、とテーブルを叩いて、身を乗り出す。 「あっ、ほら、あんまり前のめりになると、服にケチャップが付いちゃう」 「えっ? げっ……」 「あぁもう、言わんこっちゃない」  白いTシャツにべっとりと付いた赤い染みを見て、アイコさんは呆れた顔をしながら、立ち上がった。 「ほら、こっち向いて」  流しで布巾を濡らして、オレの傍に戻ってきたアイコさんは、ケチャップの付着した部分をぎゅっと押さえる。  もう一度、ぎゅっと。  しかし、もう遅かったらしい。 「これは染みになっちゃうかもなぁ……新しいのを買った方がいいわ」 「そんなのもったいないだろ。どっかが破れたわけじゃないし、染み抜きすればまた着られる」  この女の感覚は、オレでも理解し難い。  オレが至極真っ当な一般論を持ち出すと、アイコさんは目を輝かせて、Tシャツの端を握った。 「脱いで」 「は?」 「早速染み抜きするわよ!」 「えっ?! い、今から……?! 自分で後からやるからっ!」  何を言い出すか分からない、泉田愛子という女。  必死で抵抗すれば、彼女も必死に立ち向かってくる。 「今からやるの! 善は急げって言うでしょ!」 「染み抜きは別に善じゃねぇだろ!」 「じゃあ、染み抜きは急げって言うことにしよう!」 「なんじゃそりゃ?!」 「いいから脱ぐ!」 「やっ、やめろって……!」  破れるから……!
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