第1話

8/20
前へ
/86ページ
次へ
 目を覚ますと、アイコさんの泣き顔があった。 「ゆうちゃん、ねぇ……ゆうちゃん分かる? あたし、アイコだよ」  疲れ切ったスッピンに、腫れた瞼。  なんて顔だ……  正直、笑いそうになった。  でも、声が出なかった。  だから、鼻先をアイコさんの頬に寄せた。 「ゆうちゃん……よかったぁ」  アイコさんは、軽々俺の身体を持ち上げた。  どうやら、倒れた衝撃で俺は…… 「あっ、そうだ!」 「ッ?!」  耳元で大声を出さないでくれ、頼むから。  俺が目を眇めたのが見えたのか、アイコさんは小さく「ごめん」と言った後、続けた。 「今日は午後から編集部の金本君と麻須美ちゃんが来るんだった」  それは、つまり。  やっぱり声は出なかった。  アイコさんは俺を抱いたまま、席に着き直した。 「ゆうちゃん、また隠れててくれない?」  はいはい、お安御用だ。  腕から抜け出そうともがくと、アイコさんが拒む。 「まだいいじゃない? 午後からなんだから」  俺の頭を撫でながら、アイコさんはのんびりと言った。  俺はそんな呑気にしていられない。  まだ洗濯と廊下に玄関、それとアイコさんの部屋の掃除……あ、客人の為に応接室も片付けなきゃなんないんです。  いつものくせで、やらなければならないことを頭の中で唱えた。  すると、アイコさんが苦笑する。 「今の姿じゃ家事は無理ね」  あ……  自分自身の身体を改めて見た俺は、小さく息を吐いたのだった。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加