第一章

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「…、育緑……?」 …呼び止められたきり、何のリアクションもない事に、彼のアーモンド形の大きな瞳が、不安げに僅かに揺れる。 「……、それ、気に入ったんやったら買うてえぇよ、あと、上に着るモンとか、Tシャツとかも。 ……そない地味な服、 ブルーに似合うてへん………」 ……何を言っているのだろう、これじゃあ、まるで。口をついて出たのは、自分でも驚くほど低い低い声。同時に、棚の上の、綺麗に畳まれた派手な色使いのTシャツやポップなデザインのパーカーを力任せにブルーの胸に押し付けた。 「……え、ちょ、こないいっぱい……」 困惑する、彼の声に聞く耳も貸さず、値札も見ず次々と手に取っては店内を進んで行く。怒り、苛立ち、憤り、……そのどれでもあるようでどれでもない、ふつふつと、身体の奥底から湧き上がるような感情は、少なくても今までには感じた事がなくて。 ー……ひーろーを、探してん… ……思い出せば、それしか当てはまらない、それ以外に思い付かない、”誰か”、の正体。ブルーの”探し人”で、多分その地味な洋服を貸した人で、ギターを教えた人で、……………それから。 「…、なぁブルー、……それ」 …本当は、きっと、ずっと気になっていた。普段はサイドの髪に隠れ気味の彼の左耳で、その存在を主張するかのように光る、小さな石。らしくない、彼のイメージとはやっぱり違う、燃えるような、”赤”。 「、せっかくやし、それも、新しいの買うたるよ、どれがえぇ?……あ、こんなん似合うんとちゃう?」 お前は”ブルー”なんやからやっぱこれやろ!……一聞ただのダジャレにしか聞こえない、そんな言葉を雑に投げ付け、これ、と手渡したのは、星の形をしたピアス。”赤”とは対照的な、青色の。 「、ピアスって1つ売りはしてへんねやな、どれも2コでセットんなっとるし、……………ほんなら、俺も開けよかな、………穴」 制御も効かない、ブレーキの掛け方も分からない、得体の知れない感情の”名前”に、……………そして、それを複雑そうに見つめる彼の表情にさえ、その時の育緑は気付けずにいた。 .
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