序章

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「、でも!”草食男子”言うんが流行りなワケやし、絶対に居るて!いくちゃんみたいな人をえぇ言うてくれる子が!せやから、ほら!飲んで食べて!元気出し~!!」 精一杯の激励と、運ばれたてのサイコロステーキの皿が育緑に差し出される。お世辞でもその場しのぎの言葉でもない、だからこそ、打ち明けられるのだ、弱音も、グチも。同じ関西出身という事ももちろんあるが、橙也は単なる同僚のワクを越えた、心を許せる友人だった。 「…、せやな、……あんがと、まるちゃん、俺頑張るわ!」 元気を貰えるのだ、実際。”一発ギャグ製造マシーン”と自らを称し”持ちネタ”と呼ぶギャグを披露しては周りの笑いを誘う、典型的なムードメーカー。容姿も決して悪いとは思わないし、何より、とにかく優しい。橙也こそ恋人にするには最高の相手なのでは、……と思う。だが、いかんせん、本人に全くその気がない。 「僕はな、僕の全部投げ打ってもえぇ思えるような出会いが、人生でただ一度あればそれだけでえぇねん」 ”一期一会”やで、いくちゃん!、そう自信げに口にするのは、最近趣味で習い始めた書道教室で親しくなった人物の受け売りだとか。一期一会、なぁ………いまいちピンと来ない単語に思いを巡らせ、丸なすの浅漬けに箸を伸ばしながら店内奥のTVに何となしに目を向ける、……と。 『超有名財閥の御曹司、謎の失踪!』 ニュースともワイドショーともつかない中途半端な番組が報じる、そんな見出しと音声が2人の視覚と聴覚に訴えかけて来た。 「失踪て………これ、八条家の事ちゃう?」 「……はちじょう?」 「いくちゃん知らんの??世界中にホテルやリゾート施設持ってはる相ーー当お金持ちのお家やで??ほら、前の前の前の彼女ん時、クリスマスに泊まりたい言うて冬のボーナスほとんどつぎ込む覚悟で、でも結局予約1年待ち言われて全然あかんかった、あの”ザ・トーキョーベイ・エイト”もここん家がやってんねんで??」 言われて育緑の脳裏に浮かぶ、苦い思い出。直接的な原因かどうかはともかく、それも結局3ヶ月と持たず終わりを迎えた。 「…金、なんかなぁ………結局」 行き着いた結論を吐露してみた所でどうなるものでもないのが現状で。それから話の内容もすっかり切り替わり、美味しい食事と酒をしばらく楽しんだ後、2人は店を後にした。 .
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