序章

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「ほな僕こっちやから、また明日会社でな!元気出してや!いくちゃん!」 仕事終わりすぐに始まった”失恋パーティ”は思いの外長く続き、地下鉄の階段を下りて行く橙也を見送った後、足早に向かったJRの駅のホームは同じように終電を待つ人で溢れ返っていた。手にしたスマホのディスプレイに表示される時間はもう間も無く午前0時になろうとしている。 ピッ、 電車が来るまでの数分間、適当な壁にもたれ掛かり、EメールボックスとLINEと、オンラインゲームのマイページをチェック。…と、画面上部、ウェブニュースのコラム欄に見つけた、”我が子は最大の心の癒し?ペットと暮らす独身男性が急増中”、の文字。どこか悪意を感じないでもない、けれど、全くの他人事とも思えない、そのタイトルに思わず、 「…、俺も何か飼おっかなぁ………」 …ぽつり、呟いた言葉は夜の空気に混ざり、まるで何事もなかったように消えて行った。そう、何事もないのだ。この広い都会の街の中で、今日、彼が一つの恋を失った事も、胸に抱える淋しさ、……不意に襲う孤独感や、言い様のない虚無感の事も、みんな。 「……、あの人もこない気持ちになってしもたんやろか……」 ……何の脈絡もなく、脳裏に浮かんだのは、さっき居酒屋のTVで見た、消息不明のあの御曹司の事。ほんの少し聞いた程度だけど、でも、あれほどの地位と財力に恵まれていながら、それなのにそこから逃げ出すなんて、きっとよほど、耐えるに耐えられない、精神的苦痛のようなモノがあったに違いない、…………なんて、こんな場所で、育緑1人が案じた所で、所詮は畑違いな話なのだけれど。 そうこうしている内、自宅方面に向かう本日最終の電車がホームに到着し、なだれ込むように押し込まれた超満員の車内に、育緑は、その大きな身体を出来る限り小さくしようと努めた。誰に言われたからでもなく、上京してからほとんどずっと、それはもはや条件反射的な動作となっていた。 .
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