哲司と類

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いつの間にか引き戸が細く開いていて、その隙間に毛布にぐるぐるとくるまった類が顔半分だけ出した状態でこちらを見ていた。 「・・・どしたの、二人して。オレのなかでは・・・まだ夜・・・」 そこまで言って、キッチンと部屋の間にぱたりと倒れ込む。冗談などではなく、本当に朝が苦手らしい。 「夜じゃない、朝だ」 哲司はぶっきらぼうにそう言うと、テーブルの上にあった財布と携帯を作業着のポケットに突っ込んで、部屋を出て行った。 「なに・・・眠くないの、さわこ・・・寝たの、2,3時間前・・・」 類は今にも瞼が閉じそうになりながらそう言うと、ちょいちょいと手を振って沙和子を手招きした。側に来い、という事らしい。 「・・・なんですか」 沙和子が部屋の出入り口ぎりぎりの場所にしゃがむと、類は突然沙和子の腕を引っ張った。体制を崩した沙和子は、類の隣に転がり込むように倒れる。 「わあっなんなんですかっ・・・イタタ・・・」 そう言って立ち上がろうとしたが、類は手を離すどころか、沙和子を羽交い締めにした。 抱きしめる、というよりは本気の羽交い締めだった。 「く、苦しいです!やめてくださ、い」 この人は本当に眠いのか、と疑いたくなるほど強い力で沙和子を羽交い締めにする。 「あなた、逃げるでしょ・・・でも、オレ、ねむ・・・」 沙和子の頭に顔を埋めて、類はもうあと少しで、その形のまま意識を手放しそうだった。 「!寝てはだめですっ」 沙和子がそう叫ぶと、類は肩を震わせてくつくつと喉を鳴らした後、我慢できない、といった様子でゲラゲラと笑い出した。 「雪山かっ」 類の笑い声はしばらく続き、腕の中の沙和子はじたばたと暴れている。 「昨日、言ったでしょ。あの人に死なれたら、寝覚めが悪いって」 腕の隙間から顔半分出した状態で沙和子が呻くようにそう言うと、類の笑い声がぴたりと止んだ。手は離さないままだ。 「いますよ。あの人が、理由を教えてくれるまで」 本当は心のどこかで、理由は知らない方が良いのかもしれない、と思っている。 けれど沙和子は、あの夜泣いた哲司の顔が頭から離れなかった。何をどうすれば、いい歳をした大の男が、あんなに無防備に、子供みたいな顔をして泣くのだろうか。もしも、自分に関係のある事で苦しめているのなら、自分には理由を知る義務があるのではないか、と考えていた。
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