霧乃

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「東方降三世夜叉明王、南方軍茶利夜叉明王、西方大威徳夜叉明王、北方金剛夜叉明王、中央大日大聖不動明王――おん びしびんから しばり そわか」  霊障捕縛用の術。目の前の蠱毒を正面から絡め取るには余りにも霊力が足りていない――筈だった。 「な、に?」  誘は今度こそ、我が目を疑った。蠱毒が身を捩り苦しんでいた。ギリギリと歯軋りし、のた打ち回り、その度に瘴気が吹き荒れた。 「壬に壬癸を重ね水気と為す、洸(こう)よ、来たりて広がれ」  その隙に温存していた霊符を全て投擲。水気を帯びた大波が瘴気を残らず洗い流していく。ついでに誘も巻き込むつもりだったが、この太夫は宙へと飛びそれを危うい所で躱した。蠱毒は大水をまともに喰らったが、目に見えるダメージは期待出来なかった。というよりも、内側から生じた痛みに外からの攻撃にすら気が付いていないようだった。  その長い体の所々に、金色の光が見えた。 「ぬ、主!!」 「外からの如何なる攻撃にも耐えうる装甲、ね。馬鹿が考えそうな事だとは思ってたけど」  仕掛けたのは最初。まだ完全体でない蠱毒との交戦途中の事だ。勾陣の鱗に隠形を置き、蠱毒に喰わせた。  自我等殆どなく、口に入るものは全て呑み込むような怪物だったからこそ、出来た行為だ。異物は蠱毒内部の構造を狂わせていた。 「実戦で本当に怖いのは、外からの攻撃よりも、内部で起きるダメージの方なんだよね」 ――術の誘爆。暴れる霊力が密閉された内部で膨れ上がる。
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