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物凄く脱力した気怠そうな声。とても、今にも死にそうな人間の声には聞こえなかった。ぴたりと誘そして、義妹の動きが止まる。
「……へ?」
千星空がぽかんと呆気に取られる。刺され蠱毒の持つ呪毒を浴びたにも関わらず、霧乃は倒れないどころか、揺らぎもしない。
「き、さまは、どこまで……!!」
「ほら、備えあれば憂いなしって言うじゃない?」
胸から腹にかけて、びっしりと並ぶのは、自身の式神の――勾陣の金色に輝く鱗だった。どす黒い呪毒が、その上を滑り、地面へと落ちる。僅かな穢れすらも許さない最高の霊的防壁。
「ま、仕掛けたのは、ついさっきなんだけどね。流石に勾陣抜きで戦うとなると保険の一つは掛けたくなる」
千星空の顔は実に面白かった。あんぐり口を開いたまま固まっている。
「あぁ……でも、折角の束帯が台無しだよ。現陰陽寮に代わりの申請しないと……けど、多分どうせ有り合わせの狩衣とかになるだろうなー」
コーヒーの染みがついたYシャツでも眺めるかのように、霧乃は愚痴る。ぞわりとその目の前で誘が腕に蠱毒の邪気を纏わりつかせていた。もはや、霧乃はそんな事には気を払っていない。
「あぁ、そうだ“千星空”」
「あ……」
まだ、混乱したままの千星空はその一言で、我に返った。他人行儀だった義兄が、親しみを込めた言葉を投げかけている。
「束帯の縫い直しって出来る? 出来れば、霊的な防護も改めて掛けて貰えると助かる」
霊的な損害、目に見える損害は基本的にすぐに修復出来る。だが、霊具の損傷はまた別だった。破れた部分は目に見える部分は術でも直せるが、霊的な防護の方は、術をもう一度掛け直さないといけない。
「は、はい。勿論出来まって……お兄様!!」
背後を指さし、慌てふためく千星空。家に居る時は完璧なお嬢様ぶる癖に、意外と修羅場に弱い。霧乃は苦笑しつつ、振り返った。
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