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「人の憎しみをこの中で戦わせたら、さぞや強力な蠱毒が出来るであろうと、の」
どうやら、前例があるらしい。その事に霧乃は驚きはしなかったが、千星空は口を手で抑えた。肩が震えている。こんな時、理想的な兄は抱きしめてやるとか、せめて頭を擦ってやるくらいは出来ないといけないのだろうが、霧乃はそのどちらもしなかった。
――ホント、卑怯な奴だよ、俺は。
だが、この先の事を考えるならば、あえて突き放すべきだろう。理不尽な事も、残虐な事もこの先、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる位に起きるだろうから。
そういう理由で霧乃は自身を納得させた。本当はただそれが――愛を形で示すという行為が――出来ないだけだという事も理解しつつ。
「んじゃ。もう一つだけ、確認。霊脈騒ぎを起こしてんのはお前じゃない。違うか?」
「ほう、それ程の力は儂には無いと言いたいのかねぇ?」
「いや、あれだけの蠱毒を精製しかつ、制御と管理するのに霊力が割かれている筈だと思ってね。霊脈という繊細な機構にちょっかい出すだけの余力があるとは思えないと思ってさ」
フッと肩を竦めて笑う誘。気のせいだろうか。何かを必死にこらえるかのような動作に、霧乃は言い知れない危機感を抱いた。
「儂なんぞよりも、遥かに根深い闇の力が動いておるのよ」
危機感は的中だったようだ。霧乃は氷で出来た刃のように冷たい瞳で、誘を見た。誘の中に芽生えた小さな希望。それは僅かに残った毒でもある。
「現陰陽寮はそやつの手によって潰れる。主にそれが止められるかの?」
感情は無い。決意があるだけだ。霧乃の答えは早かった。
「あぁ、必要ならどんな人間も騙して見せるさ。俺は卑怯者だからね」
もう、いいだろうと長倉が目で合図するのに、霧乃は頷いた。長倉の手によって誘は連れ出される。その後ろから朝霞と霧乃も続こうとする。
只一人、千星空だけがぽつりと残った。不審に思い霧乃が振り返ったその時、誘が言い忘れていた事を思い出したように、告げた。
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