霧乃

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「あぁ、その高田王子じゃがな。主にくれてやるわ。儂にはもう必要がないからのぉ」  床に落ちた式符が二枚。高田王子の物だ。千星空がそれを拾い上げた。誘は返答を聞かずして、連れ出されてしまっている。 「千星空さんが必要なら、貰っておけばいいさ。あれを倒したのは君なわけだし」 「お兄様!! 他人行儀は止めてと……!!」  千星空は式符をぎゅっと握りしめ、真っ赤な顔で怒った。いつもなら笑って誤魔化す所なのだが、霧乃はバツが悪そうに、下を向いた。すると、何故か千星空も俯いてしまった。  朝霞が気まずそうに手を上げた。 「えっと、ここにいると私、邪魔……かなぁ?」 「すみません、朝霞さん。二人だけで話したい事がありますので……」 「だ、だよね!! うん、わかったよ、外で待ってるからね!!」  別人かと思う程にいい笑顔で答え、それから霧乃に耳打ちする。 「ねーちゃん泣かせたら、煮えた鉛呑ませるからな」  一体、どういう経験を積んだら、そんな発想が頭に浮かぶのだろう。ずかずかと偉そうに歩いて行く背を霧乃は苦々しい顔で見送る。 彼女が外へと出たのを確認し、千星空は息を吐き出した。今までずっと息を止めていたかのように長い長い吐息。 「お兄様……お兄様!!」  いきなり、兄の身体に抱き着――、 「いや、そういうのはいいから」 ――つけなかった。おでこを思いっきり掌で抑えつけられ、千星空はぎりり、と歯を噛みしめた。 「何故!?」 「いや……、ごめん反射的に……て、だから抱き着こうとしないで、お願いしますから」  勢いだけは闘牛のように凄まじいが、やはり体力を消耗しているらしい。逆らうのは諦め、ぐずり出した。 「いや、泣かないでくれないかな……鉛湯呑まされ……」 「妹を泣かす兄なんて鉛湯でも呑んでれば良いのです」  おまけに、拗ねり始めた。今日の千星空はどうも、様子がおかしい。そもそも、こんな戦いの場に彼女が出てこようとする事自体が、初めてだった。今までは心配の素振りすら見せていなかったというのに。何か理由があるとすれば、それは一つだろうが……。
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