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霧乃の役目はある少年を見張る事だった。陰陽少女と十年前に関係を持った少年。陰陽少女とその少年の出会い自体は、全くの偶然であったらしい。少年自身にもさしたる力は無い――のか、はまだ分からない。十年前に起きた栃煌市の不可解な事件。それに少年も関わった。
記録上では、怪異の被害に遭ったという事だけしか分からないが、彼は怪異の最中、物の怪を取り込んだ――と、当時はまだ五歳だった陰陽少女が報告している。
多くの陰陽師がその報告を、月の勘違いとして処理した。だが、彼女の父である春日刀真や母である春日蒼らは、これをただならぬ事と考えているらしい。実際、今回霧乃が栃煌市へと派遣されるのは、刀真からの頼みがきっかけだったらしい。あちらに移動した暁には、刀真が直属の上司となる筈だ。
一人の少年を監視し続ける。果たして、そんな昔の事を覚えているかも分からないと言うのに。友達――だが、友達になったところで、霧乃はその少年を騙し続けないといけない事になる。
――いっそ、友達の振りではなく、本当の友達になったらどうです?
千星空は、任務の事を聞いた時そう言った。霧乃は苦笑した。友達の“振り”ではない。本当に友達になるのだ。この手の仕事で難しいのは友達になることではない。如何に裏切るか、だ。だが、千星空は首を振った。
――一生の友達になる。その位の意気込みで挑んでみては如何ですか? きっと、良い友達になります。
つまり、それは使い捨てにするな……という事だろうか。霧乃には千星空の言葉の意味がきちんとは分からなかった。そんな義兄に聞かせるように、千星空は一言一言噛みしめるように教えた。
――いいですか? お兄様には、お友達が必要なんです。お義兄様は言っておられましたね? 狡い奴になる為に修行してきたって。だから、誰に対しても素直になれないのでしょう?
これから騙し、監視する相手を一生の友達だと思え――中々、難儀な事を差し出す妹だと霧乃は思う。
――お兄様はその方を騙さなくてはならない。えぇ、分かりますよ、それは。
けど、と義妹は続けた。
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