彩弓

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 だが、人形と違いそこには血が通った肌がある。顔を赤らめて一心に彩弓を見つめている。 「えっと、鈴彦姫ちゃん……じゃあ呼びにくいね。鈴ちゃんって呼んでいい?」  鈴彦姫はガクガクとそれこそ人形のような素振りで首と手を振り、なにやら口ごもる。 「め、滅相もありません。私式神如き、呼び捨てにして構いません!!」  同じ式神である日向は眉を潜め、それから茶化すように月に耳打ちする。 「あ、私の事はちゃんづけでもいいからね!」 「ありがと……“日向ちゃん”」  月はふふと笑ってその冗談を受け流した。鈴彦姫に対する警戒心は幾分か和らいだようだが、まだ油断は解かない。 「あなた自分の事式神って言ったけど、誰に仕えていたの?」  月の問いに鈴彦姫は答えていいものかと、何故か彩弓に判断を求めるような視線を投げかけた。 「こ、これは彩弓様だけにお伝えしようと思ったのですが……」 「なんで、私の名前知ってるの?」彩弓の問いに鈴彦姫はぐっと息を詰まらせた。それを口にする事が、絞首台の縄に自分の首を掛ける事と同義であるかのように恐れている。だが、すぐに意を決し、切腹に臨む武士のように鈴彦姫は一気に述べた。 「それは、いつも聞いていたからにございます。貴女様の事を、中原影夜様が」  咄嗟に浮かんだ恐怖を彩弓は制御する事が出来なかった。顔を真っ青にする彩弓に、鈴彦姫はびくっと身体を竦めた。 「そうあの人が……」  影夜に対しては複雑な気持ちを抱いている。何世代にも渡って掛けられてきたまつろわぬ者の呪い。彩弓自身も様々な家族に邪見に扱われてきたが、彼はそれ以上の地獄を見てきた。影夜の心はその深部に触れるまでも無く、影に染まっていた。  だが、一方で彩弓をあの恐ろしい空間に閉じ込め、彼女を助け出しに来た人達を殺そうとした人物でもある。 「あの人、今元気にしてる?」 「え、そ、それは」  その問いの意味を深読みし過ぎたのか、鈴彦姫はびくびくと震えた。鈴が頭で揺れる。
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