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人気の無い廃墟におびき寄せるとは、実に古典的なやり方である。普通なら警戒してこんなところには来ないだろう。待ち合わせ場所を別にするよう提案してみるとかした筈である。だが、吉備真二は待ち合わせ時間よりも十分程早い段階からこの場所に来ていた。
――あるところにはあるもんだなぁ。いかにも治安悪そうな場所
建物の外観は薄汚れ、人気は無い。不正に放棄された粗大塵から漏れる異臭が風に乗って飛んでくる。単なる静けさとは違う。塵が溜まっていれば普通は近所からの文句や相談が出て、撤去しようという動きがあって然るべきだが、ここにはそんな痕跡は一切無い。同じ栃煌市でもこうも違う物かと思わざるを得なかった。
とても、彩弓を連れてこんなところには来れなかった。
そして、実は彩弓達には一つ嘘を吐いていた。それは。
「動かないでくださいね」
「ふむ、そこそこ腕が立つと見えるな……」
真二は一人ごち、怒声のした方へとゆっくりと振り向いた。そこにいたのは一人の青年だった。黒いスーツを着こなしたまだ二十代だろうと思われる青年。きっちりと切り揃えられた黒髪に整った顔立ち。ホストみたいな笑顔を向け、だが、その手には不気味に黒光りする鉄の塊。
「待ち合わせ時間よりも早く、何をしていたので?」
「ごあいさつだな。同じ娘を持つ親同士、仲良く食事と洒落こもうと思ってよ。良さそうな店を探してみたんだが、この辺りには全然そういう感じの店が無いな」
「食事なら、我々がごちそうしてあげましょう。こちらに来て、要求を呑んでくださるなら、ね」
彩弓の親になるにしては、少々若すぎるなと真二はふと思った。青年のバックについている組織を思うと、それ以前の問題でもあるが。
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