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「お兄様ッ……!」
靄が消えて数秒後、千星空は今にも息が止まりそうな様子で走り寄ってくる。殆ど初めてと言っていい程の実戦だった。しかも、千星空が行ったのは呪詛返し。術の難易度自体は低くも高くも無く、実戦では必須の技術でありながら、初陣出たての千星空が使うには余りにもリスクの高い技であった。
「……俺に近づくな」
迷った挙句、霧乃はそう告げた。案の定、千星空は傷ついた顔で立ち止まった。その事に、霧乃は心を深く抉られるような気持になった。こんなのは初めてだ。
――いつもいつも、傷つけている癖に調子のいい
心内で自嘲する。
「さっきの会話少しでも聞いてたんなら、分かると思うけど。千星空、君と俺は違う道を歩む事になる」
「それは……」
千星空は戸惑うように後退る。その間に霧乃は先程まで抱いていた気持ちを再起し、己を取り戻す。これも一種の戦いだということに、千星空は気付いていない。
「私は――千星空は、それでも信じておりますから」
何を、と霧乃は意地悪く問い返したくなる。が、あえて何も言わず靄が消えた方に視線を移した。
「で、さっきの呪詛返しだけど」
「“不動王生霊返し”です。驚きになりましたか?」
「いや、全然。というか、予想通り過ぎた」
にべもなく言い捨てると、千星空はムッと頬を膨らませた。ただ、戦術に関しての分析で霧乃は嘘は吐かない。
「霊力に頼りすぎなんだ。千星空さんは。さっきのは呪詛を返したって事だけど、もし、返された先が術者なら跡形もないよ」
何しろ、呪詛よりも呪詛返しに使った霊力の方が上回ってしまっている。呪詛を返したというよりもあれでは、押し返したに近い。勿論、それでも返した事に変わりはないのだが。
術者は跡形も無い。その言葉通り、誘の姿もまた確かに消えていた。先程の靄が返された時にいつの間にか消えていたのだが、呪詛を返すことばかり考えていた千星空はそこにまで頭が行っていなかったようだ。
「え、もしかして、返されて……、あの人死んでしまった――?」
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