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「なんてこと……、あれは、あれは一体何を材料にしたのですか?」
「人間――、今までに集めた術者を壺に入れて精製した蠱毒……じゃないの?」
千星空が口に出すのも恐ろしいとしている事を、霧乃は平然と言い放った。誘は歯の根元が軋む程に噛みしめ、笑う。
「気付いて、いたのかねぇ?」
「悪いけど、さっきから気付いてた」
霧乃はにやりと笑った。誘もまた笑う。
「フフフ、見破った上で話に乗っていたといわけか。で、さっきの話だが、主には元よりその気は無かったのかの?」
「気付いてない振りしたのは謝るよ」
「くははは!! 気付いてなお、それでも良いと思ったか!! これは愉快! 主も存外ぶっ壊れておるのぉ!!」
腹を抱えて笑う誘。肌に刻まれた皺、長い白髪と髭、相当の年であると見ていいだろう。一体、その年月の間に何が起きたのか。
「あんたがぶっ壊れた理由も聞いていいかい?」
「詰まらぬ話よ? 儂はのう、もうずいぶん前になるが、妹を怪異で失くしての」
すっと細められた瞳が千星空へと向けられる。千星空はびくっと肩を震わせた。
「妹は霊力が強いが故に、現陰陽寮にスカウトされてのぉ。儂はいざなぎ流の太夫としての道を選んだ。道を分けた儂らは二度と会う事は無かった。現陰陽寮に入ってから一年もせずに妹は物の怪に憑かれて死におった」
それが、この男の壊れた理由か。霧乃は成程と納得する。この手の傷を負う者は軽い同情を嫌うし、また同情しだすとキリが無い。霧乃は無表情だった。対照的に千星空はこちらが気の毒に思う程に、青ざめている。
「儂はの、もうどうでもよくなったんじゃよ。陰陽師も物の怪も、此の世の理も。全てぶち壊してしまえばいい。のう? そうは思わんかの?」
霧乃は微笑すら浮かべずに黙っている。誘は何を思ったのか優しげに口元を緩めた。
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