渡辺亮の日常はどこかおかしい

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「お弁当も温まったし、パンもすぐ焼ける。寝室に机を移動しておいてくれないか?」 「わかりました」  陽香はダイニングに置いてあった卓袱台を持ち上げ寝室に移動させる。 「おはようございます。お母様、朝食ですよ」 「おはよう陽香。今日もありがとうね」  最愛の母と妹の声がキッチンの亮に聞こえた。  この何気ない会話を聞くだけで、亮の胸が暖かい気持ちで満ちる。 (今日も家族の何気ない会話が聞けてよかった。俺は果報者だ)  亮は笑顔でフレンチトースト(?)を皿に盛りつけ、暖めた廃棄弁当と共に腕に抱えると、陽香が寝室に運んできてくれた卓袱台と、母の眠るベッドに取り付けたベッドテーブルに朝食を置く。 「今日もありがとうね、亮」 「お礼を言われるようなことなんて何もしてないよ。今、背中を上げるからね」  ベッドの下に取り付けてあるハンドルをぐるぐると回すと、母の眠るベッドの背中部分が徐々に上がっていき、やがて長座姿勢となった。 「さあ、みんなで頂きましょう」  母はベッド上で、娘と息子は床上での食事が始まった。  母は数年前、精神的ショックで免疫力が落ちている間に肺炎にかかり、長期間の入院を余儀なくされた。  そこで障害者手帳が交付され、ベッドやポータブルトイレなど数個の福祉用具を割安で貸与された。  このベッドがあるおかげで母はベッドから起き上がることもできる。だが、布団で寝ていたら、身体を起こすだけでも一苦労。  まして立ち上がるなんてことは難しくなってしまう。  週に一度介護予防事業として訪問リハビリのサービスを受けて、母の活動範囲が広がるように努力してくれてはいるが、なかなか上手くはいかない。  亮としては本当はもっと沢山、専門家によるリハビリを受けさせてあげたい。  日中、家に誰もいないときにはデイケアにも行かせてあげたいのだが、市から出る補助には限界がある。  残念ながら、渡辺家に自費でそのようなサービスを受けさせてあげられるような余裕はない。  結果、亮が空いた時間に付き添いで立ち上がる練習をしたり、壁を伝いながら室内を移動する練習をしている形だが、やはり専門家のように上手くはいかない。
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