渡辺亮の日常はどこかおかしい

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 もうすぐ中学3年生になる妹の陽香は、身体が弱く元々病気がちだ。  以前住んでいた家ではまだよかったのだが、この荒屋に引っ越してきてからは、体調を崩す回数が多くなった。  特に冬の時期に関しては毎年必ずと言ってよいほど風邪にかかる。  なんとか洗濯ものを寝室に干すことで乾燥させないようにしてはいるのだが、暖房や加湿器を付ける程の金銭的余裕は渡辺家にはない。  亮が一緒にいるときは添い寝して寒くならないようにしてやることができるのだが、亮は毎夜一緒に添い寝してやることができるわけではない。  亮は中学一年生の時から新聞配達と、コンビニエンスストアのアルバイトをしていた。  大和国では男子は十五歳で元服し、一人前の男として扱われる。そのため、十三歳の中学生の段階から社会を知るために非正社員として働くことは認められている。  認められているとは言っても、大半の人は働かずに学業や部活動に集中することが多いのが現実で、亮のようにアルバイトを――しかも掛け持ちしているような人は滅多にいない。  そんな亮は夜や明朝などの寒い時間に妹と添い寝してやれないことを本当に苦慮している。自分が布団から出るときは、代わりに湯たんぽを作ってやっているのだが……。  体力の落ちている母さんに風邪が感染すると、再び肺炎になる可能性もあるわけで、亮の家族への心配は尽きることを知らない。  しかし、近頃はもうすぐこのような不自由な暮らしから家族を解放してやれると期待もしている。 「ごちそうさまでした」  食べ終わるのを待ち、みんなで挨拶をする。食器を亮と陽香が片付け、学校にいく準備をする。 「今日も学校楽しもうな陽香」 「はい、お兄様。陽香もお兄様のように立派な人間になれるよう励みます」 「相変わらず大げさだな陽香は。俺のような人間になったら、駄目な人になるよ?」 「いえ、お兄様以上に立派な人はおりません。少なくとも、陽香にとっては」  言い切る陽香は相変わらず柔和な笑みを浮かべているが、ここだけは譲れませんというぐらいに強い語気でそういった。  亮にとってはこんなにも自分を持ち上げてくれる妹に深く感謝し、こんなすばらしい妹を守りたいという活力源となっている。  しかし、亮は全く気付いていない。  妹の向ける視線が世間で言う通常の妹が兄を見つめる視線に含ませる感情とは全く異質なものであることに。
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