渡辺亮の日常はどこかおかしい

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   春寒も次第に緩む時候となったが、まだまだ明朝の寒さは身に染みる。  すうっと大きく空気を吸い込むと肺に心地よい冷気が入り込んでくる。  夜闇に支配されていた世界を、頼りない太陽の白光が照らし始める。  今はこんなにも頼りない光だが、あと数時間もすれば目映い限りの陽光が世界を包むことだろう。  中学生の頃から、ほぼ毎日この一連の流れを目にしている。  渡辺亮にとって、その光景はすっかり慣れてしまった光景だった。 「――今日も気持ちのいい朝を迎えられる。天照様に感謝だな」  一時の休息を終えた亮は握っていたアクセルをひねり、原付を操り朝の仕事に戻る。 「おつかれさまでした」 「ああ、お疲れさん」  新聞屋の――職場の上司に挨拶をして亮は自宅に向かい息を切らして走り始め る。 「今日もありがとうな」  職場の前に停めてある彼の愛車と化した原付のシートを、ポンと一度叩き労いの言葉をかける。  大和国憲法に基づき、十五歳で原付の免許を取得してからほぼ毎日仕事を共にしている。 彼にとっては相棒とも呼べる原付であった。  それまで自転車に乗って仕事をしていた彼にとって、この原付に乗って仕事を行えるようになる過程には、胸の温まるような良い思い出がある。  免許取得にかかる費用は、職場が負担してくれた。  一人のアルバイト相手に通常ならあり得ない高待遇だ。  亮は、感謝してもしきれない程の恩を感じている。  毎日彼が家に着くのは、明朝四時三十分を過ぎるかどうかというところだ。 (よし、時間にはまだ余裕がある。軽く教科書でも読んでから朝食を作ろう)  まだ眠っているであろう家族を起こさぬよう、亮は慎重に扉を開け、音を立てぬようにリビングへ向かった。  彼のすんでいる家はすきま風が入りこんでくる二DKの古い木造平屋。一目見た瞬間に、荒屋という言葉が浮かんできてしまうような無残な家だった。
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