58人が本棚に入れています
本棚に追加
碁盤の目のように細かく張り巡らされた通りは、初めてこの土地に足を踏み入れた者を易々と惑わし迷わす。
古と呼ばれる程の昔に作られては今だその形を残しているこの土地は、古都京都。
長屋が並ぶ通りに面し、その長屋の屋根に座っては天を眺めているそれは、緩慢な動きで腕を持ち上げると、持っていた煙菅の先に薄桜色の唇を付け。
暫くの間を置き口を離すと細い煙を吐いた。
流れ行く冷たい風に直ぐ様拐われて霧散してしまった細い煙。
「あんたは呑気だねぇ。天合」
鈴の転がるような凛とした声が、響いた。
天合(テンゴウ)というのはその鬼の名か。
赤の双眸をついっと声のした方に向ければ、長屋の合間に在る電柱の先に、声の主は居た。
闇夜に鮮明な銀色の髪を顎のラインで綺麗に切り揃え、顔は鼻が長く肌は赤い異形のもの。
しかしその顔からは想像もできない程のやけに繊細な白い指が顔にかけられたかと思うと、顔は簡単に取れた。
どうやら面だったらしく、その面を頭の横にずらし代わりに現れたのは、天合同様異形の美。
凛とした美を現すそれが纏うは山伏の衣装で、懐から出した大振りの扇子を取り出すと、広げて口許を隠しながら天合を窺うようにして、髪と同じ銀の双眸を細めた。
烏天狗の女の姿を確認した天合は、緩やかに口角を持ち上げる。
「てめえも人の事言えねえだろうが。よぉ? 建春門院」
「その名を呼ぶのはあんたぐらいだねぇ。全く」
烏天狗の名はどうやら建春門院(ケンシュモンイン)のようだが、他にも名は持っているのか。
口許を隠していた扇子をぴしゃりと閉じると、からからと笑った。
最初のコメントを投稿しよう!