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あれは、まるで御伽噺にある魔王の目覚めを予期させるものだ。
魔王の目覚め。あるはずのないことだが、近々何かが起こるのは間違いない。私の勘がそう告げている。
「ルーナ?」
思考を巡らせ過ぎていたのか、彼が目の前で手を振っていることに気付かなかった。
「あぁ、すまない。何か言ったのか?」
「いや、ご飯だよって」
「そうか」
食卓につけば、彼が難しい顔をした。私が何かしただろうか。
疑問に思ったので、即聞く。
「えっ?ルーナは何もしてないよ?そうだなぁ……強いて言うなら、ルーナって僕の名前を呼んでくれないなぁって」
……名前?
「僕はこんなにルーナの名前を呼んでるのに」
「呼ぶのはお前の勝手じゃないか?」
「そうだけども、やっぱり呼ばれたいよ。……もしかして、僕の名前覚えてなかった、り?」
彼の名前。いつだったか教えて……もらったのだろうか?
首を傾げて彼を見れば「覚えてないんだ!」などと叫ばれた。
彼の名前を呼ぶのは、まだまだ先になりそうだ。
コンコン、と玄関の戸が叩かれる。この日休みだった私は、小さな返事をしながら戸を開けた。
「おぉ、ルーナさん。ちょうどよかった、あなたにお話がありまして」
それは、この街の町長で、私はとりあえず中に通す。
「話とは、なんでしょう?」
「実はここだけの話なんですが、近くの炭坑に大きな魔物が住み着いてしまいまして」
魔物、と私が復唱すると、町長は頷いて話を続ける。
まさかすぐ近くの炭坑にまで魔物が来ていたとは、思いも寄らなかった。
「この街は石炭や鉱石で有名な街です。このままでは、いつ他の炭坑にも魔物が住み着くかと皆、気が気でありません」
「それで、私にと」
「はい。ルーナさん以外にもお声はかけたのですが、皆一様に戦えないと……」
町長は申し訳無さそうに俯く。私はラディウスを手に取り、立ち上がる。
「どこですか?」
「……え、はい?」
「その炭坑は、どこですかと」
首を傾げて問えば、町長は一瞬喜び、すぐさまその炭坑へと案内してくれた。
きっとこのまま魔物を放置すれば、よくないことが起こる。
私はそんな気がして、ラディウスを持つ手に力を込めた。
「ここです」
「ありがとうございます」
少し声を震わせた町長にお礼を言い、私は炭坑の中へと足を踏み入れる。
……居る。かなりの気配を感じるが、その姿は見えない。坑道の奥にいるのは確かだろう。
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