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焼香の香りが厳粛さを充満させる場所。
そこから一歩外へ出ると、のどかな陽光の下に春風がさわめく場所。
こんな儀式ひとつで“区切り”などつくはずもない、日常の延長世界への逆戻りだった。
すぐに美奈達がわたしの回りに集まってきて、口々に慰めやら励ましやらをかけてくる。
大丈夫だよ──
そう答えたわたしの笑顔は、本当に大丈夫な表情だったろうか?
お葬式を終えてみれば、涙ぐむ級友がだいぶ多くなっており、美奈もその中の1人だった。
互いの痛みを舐めあいたいのか、美奈はまだまだわたしと話し込みたい様子。
けれどもわたしは、美奈には悪いけど、早く1人になりたかった。
そのため、そそくさとみんなを交わすようにしながら、
誰よりも早く帰路の駅へと向かったんだけど…
祭儀場を出て少し歩いたところで、
後ろから猛ダッシュで駆け寄ってくる足音があった。
振り向かなくてもだいたい察しはつく。
その怒涛の勢いを持つ追っ手から、今さら逃げても無駄だろう。
振り向いた後ろには、案の定、想定どおりの小柄な男子が立ってた。
何かと格好つけたがる同年代の男子の中で、唯一この人だけは、隠しもしない涙と鼻水を垂れ流している。
「う…梅田さん……
俺……松木さんが自殺したなんて…どうしても信じられないよ…」
背が低い上、中1ぐらいにしか見えない童顔の彼に、こうして泣かれるとわたしは弱い。
ついつい弟でもあやすような気持ちで、ポケットティシュを取り出し、その手に渡していた。
「佐倉くん、鼻水、口に入ってるよ?」
佐倉くんは勢い良くブビッ!とやり、袖口で涙を拭ったけど、すぐにまた顔中がぐしゃぐしゃになってしまう。
「梅田さん…なんで?
松木さん…なんで自殺なんか……うぅっ…」
紗耶と親しかったわたしなら、その動機に心当たりがあると思ったんだろう。
嘘偽りのない、心から彼女の死を嘆いている涙。
本当に、子供みたいに純真な人なんだ。
だからこそわたしは、春休みに佐倉くんから告白された時、
その無垢な心を傷つけることに罪悪感を感じてしまった。
──とりあえずお友達から──
なんて台詞、
彼にとっては、逃げ口上にも聞こえないんだろうな。
「佐倉くん、この近くに公園あるけど…行く?」
「うん…」
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