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重い雲間から時折覗く月明かりが、
周囲に鬱蒼とした木々の影を浮き上がらせている。
わたしは1人、見知らぬ森の中にいた。
方向の感覚もわからず、なんで自分がこんな場所にいるのかも理解できない。
辺りには陰鬱な空気が満ち溢れ、
どこからか視線を感じるような、暗がりの壁。
とにかく怖くて、
一刻も早くここから抜け出したくて、
わたしはひたすら、道もない森の中を突き進んでいた。
どれほどかさまよい歩いていると、
月明かりは前方に、小さな小屋のような建物を映し出した。
それはかなり傷んだ古い木造で、倉庫か何かのように思われる。
森の中に忽然と現れた人工物だけど、近くに民家があるという期待感は、なぜかまるでなかった。
それどころかその小屋は、絶望の象徴のように虚ろな外観で、わたしの行く手を阻んでいるのだ。
逃げなきゃ──
ここにいてはいけない──
そう叫ぶ本能とは裏腹に、そこからわたしの足は根が生えたように動かない。
瞬きさえも禁じられた目は、小屋の朽ちかけた扉に釘付けられたまま離れない。
極めてゆっくりと、
極めて微量ずつ。
扉が、音もなく開いていくのだ。
まるで、わたしの神経をじわじわといたぶるようなスピードで、
わたしの恐怖心を、焦らして楽しむようなスピードで。
誰かが中から出て来る。
それは決して、わたしを安心させるような存在じゃないと、
理論よりも色濃い直感が騒ぎ立てる。
“ダメだっ!
見てはいけない!”
そう命令を下したはずの脳波をまるで無視し、ピクリとも閉じない瞼は、
その先に何者かの姿をとらえていた。
扉の奥から、ぬぅっとこちらを覗く真っ黒いシルエットがあった。
女性と思しき長い髪と、腰の辺りから大きく膨らんだスカートのようなカタチ。
ヒト…なのだろうか?
確かにそれは人の形をしているものの、明らかに等身のバランスがおかしかった。
異様なほど頭が大きいのに対し、胴体が小さすぎるのだ。
得体の知らない存在が、じっとこちらを見つめたまま、
ゆっくりと、
ゆっくりと、
小屋の中から練り出してきていた。
懸命に声を出そうとするけど、
喉が圧迫されたようにままならい。
それでも頭の中で暴れ狂う恐怖が、
わたしにがむしゃらな力を奮い立たせ、
やがて、ついに喉を開通させたのだった。
「いやああぁあぁーっ!!」
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