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おもむろに開いた扉から、不用意に覗いた眼鏡面に対し、
わたしは瞬間的に、前かがみになって喚いた。
「ちょっとお父さんっ!
わたし入ってんだから、開けないでよっ!」
お父さんは「ぉおっ!?」と仰け反りながら、慌てて風呂場の扉を閉める。
でも何かまだ腑に落ちない様子で、そこに突っ立っているのがガラス戸越しに見えていた。
「…風呂?
なんだ亜美、なんで珍しくこんな朝っぱらから風呂なんか入ってんだ?」
「ゆうべ凄い寝汗かいたからシャワー浴びてるのっ!
ベトベトのままじゃ学校行けないでしょっ!」
「おぉっ、そうか、学校行くのか!
そうだな、いつまでも悲しんでるだけじゃあ、前に進め…」
「もうっ、いいから早くあっち行ってよっ!」
「お…おう」とか言いながらすごすご退散したお父さんを確認し、
わたしは気を取り直すように、熱いシャワーを頭から浴びた。
それにしても、
怖い夢を見たものだ。
水流に目を閉じれば、夢の中の森や小屋が、まだはっきりと脳裏に浮かぶ。
夢って潜在意識によって作られるものだから、
きっとわたしの頭には、ああいうおどろおどろしいイメージが媚びついてしまってるんだろう。
無理もない。
あれからずっと、気がついたら、いつの間にか考えてしまっているんだ。
アバターの顔が歪む現象のこと。
紗耶の最後のメッセージのこと。
そして、星影レイミのこと。
それらの怪奇めいた事柄を、なんとか科学的根拠に当てはめようとするけれど、
今のわたしには、まだまだ情報が足りないみたい。
不確かな想定に震えて過ごすよりも、今は早く通常の生活に復帰すること。
紗耶の自殺のショックからは、そう簡単に立ち直れそうにないけど、
いつまでもこうしてたって、紗耶が帰って来るわけじゃない。
少しずつ、そう思えていた。
──それにしても、
リアルな夢だったと思う。
森の土を踏む弾力が、なんとなく、まだこの足に残っている気がする。
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