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ちょっとだけ気後れしながら、登校した学校。
見上げる校舎に整然と並んだ窓には、春の空と雲が映っており、
それはさながら、いかにもな“青春の学びや”模様。
笑いながら。
欠伸をかましながら。
あるいは黙々と。
普段通りの制服達は、未来の自分をガラスの空に描いて、この校門をくぐり続ける。
ふと思った。
この中の何割が、なりたい自分になれるのだろう──と。
その何割かの中に、わたしは入れるのだろうか──と。
わたしは、大魔王を倒した勇者になれた。
イケメンの幼なじみに、プロポーズをされた。
そして黄色いワンピースにネコミミをつけた、キュートな女の子にもなれた。
全ては、小さな液晶の向こうにある、バーチャルな世界の話。
実際の自分は、何にもなれていないというのに…
級友の死を直に体験したばかりの2年A組は、なんとなくまだ、雰囲気がぎこちないように思えた。
ワラワラ動画で人気の歌い手が、新作の動画をアップしたとか、
ソーシャルゲームでいくら課金しても、レアなカードが出ないだとか。
あちこちから聞こえてくる会話は、今までとなんの変わりもないのに、
心なしかみんな、声のトーンが低いように感じる。
それはわたしの気のせいで、中でも人一倍デカかった声が、今はもう無いせいなのかもしれない。
常に大きな輪を作っていた紗耶の机の回りは、空洞が出来たようにガランとしていた。
決まってわたしを手招いたはずの花のような笑顔は、
本当に机の上に活けられた、白い花だけになってしまった。
押し寄せる感傷に沈み込まずにすんだのは、すぐにわたしを取り囲んだ、美奈達のおかげだろう。
祭儀場で何度も聞いた慰めのリプレイだけど、それでも人に接していると気持ちに張りが出る。
少なくとも、奇怪なわだかまりを忘れていられる分だけ、ここはありがたいと思った。
…のに。
「梅田さん…お昼休み、時間いいかな?
例の件で少し話しがあるんだけど…」
眉間に皺を寄せた奇怪な面持ちの佐倉くんが、わたしにそう告げ、一番前の席に戻っていった。
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