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”久野城町実験計画”
秋島が警視総監室へ怒鳴りこんでくる切っ掛けともなった計画だ。
勿論、秋島は全てを知らないし、単に自分の息子が久野城町に住んでいるから、”町を一つ封鎖する”という前例のほぼ存在しない出来事に異議を唱えたに過ぎない。
むしろ、計画の全貌を知っていれば、秋島は既にこの世を去っていただろう。
息子を想う父親の気持ちが、秋島を衝動的に動かしただけである。
古橋はファイルを引き出しへ戻し、銀色の鍵を回して立ち上がった。
陽の光を取り込むため、通常より大きな仕様の窓から眼下を見下ろせば、平凡な街並みが視界に飛び込んでくる。
いずれ、世界が震撼すると知っている古橋は、つかの間の平和な風景を瞼裏へ焼きつけるように、無言でじっくりと眺めた。
歳を重ね、しわの増えた目元が細まり、口角が不気味につりあがる。
「ふふふ……」
意味深な含み笑いは誰に届くこともなく、人知れず室内に溶け消えた。
ようやく世界が動き始めた午前八時。
梅雨真っ盛りの六月十六日。
この日、この時間を以て久野城町は封鎖された。
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