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階段を下りたすぐの廊下を少し歩けば、リビングと併設されたキッチンと、カウンター越しに備えられたテーブルが目に入る。
開きっぱなしの扉を抜ければ、手慣れた様子で朝食をテーブルへ並べる亮太の姿と、出来たての湯気を放つ簡易な料理が待っていた。
トースト、スクランブルエッグ、サラダにスープ。
毎朝きまって同じメニューだが、雄也は文句の一つも口にしない。
作ってくれるだけマシだ、と理解しているからだ。
早くに母親を亡くし、父親と二人だけの生活をおくってきた雄也は、手料理というものを神格化しつつある。
それは、惣菜やインスタント食品ばかりを食してきた名残からだ。
「さ、早く食べようよ」
「ああ」
亮太に促され席に着いた雄也は、両手をあわせ瞳を閉じ、「頂きます」と言って朝食に手を伸ばす。
対面に腰掛けた亮太は、珈琲を片手に新聞を読みながら、まるで父親のごとき威厳を醸し出していた。
リビングには五十インチのテレビがあり、ニュースキャスターが読み上げる抑揚のない声を耳にしつつ、雄也はトーストを口一杯に頬張る。
変わり映えのない内容ばかりだったが、不意に雄也の耳へ聞きなれた”秋津市<アキツシ>”という単語が飛び込んできた。
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