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「此処は何処なんだ? 市村が乗った外国船じゃあるまいな? まさか失神している間に舟で撤退したのか!?」
キョロキョロと辺りを見回す。
「わたしの部屋です」
男はコトノの爪先から頭の天辺まで、じろりと視線を移し、コトノに呼び掛けた。
「お前さんの名前は?」
「は、はい、豊島 琴乃葉と申します」丁寧語になっている。
「言の葉か、良い名だ」
俳句でも吟じそうな男に、コトノは言葉を繋いだ。
「あっ、言葉の方じゃなく、楽器の琴に葉です」
「……琴か」
龍眼の切れ長の眼を細めて、男は何か思案するように黙る。
コトノはいつの間にか、ヘッドホン型のサイコ・アンプが外れていることに気が付いた。
〈あれっ、アンプが外れてもSDって見えるの!?〉
SDマシーンの電源ランプを消えている。マシーンは稼働していない。
〈あれっあれっ、幻覚じゃない!?〉
「おいコトノハ、この冷える貯蔵庫から食い物を頂戴したぜ」
男が冷蔵庫からタクアンを出して食っている。
「ずいぶん不味い沢庵だな、日野の沢庵が恋しいぜ」
コトノは目を丸くした。
「わたしの歳は幻覚じゃない!」
「この馬鹿女! 歳、歳と気安く呼ぶな!」
再び一喝され、「ひゃい」とコトノが鳴いた。
──こうして、コトノと土方歳三の奇妙な日々が幕を下ろした。
第弐話「歳三 故郷へ」に続く──
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