第拾話「奪われて」

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「お通は此の武蔵を喚び出すために、幼い身にも拘わらず実験材料にされた」 「!?」 「其れがために喜怒哀楽を奪われ、正気を失った不憫な身の上なのだ」 「ひどい……」 「だからお願いだ。此の武蔵が斃れた時は、すまぬがお通の面倒を──」 そこまで言って、武蔵は言い澱んだ。 人質である娘に請いている自分が可怪しくなったのだろうか。 「明日、また土方と闘うつもりなのですね?」 「無論。あの男とわたしは雌雄を決する武人の運命なのだ」 コトノはこの男に『止めて』とは言えなかった。 「心配しないで下さい。お通ちゃんはこのわたしが……」 コトノもまた言い澱んだ。 それは歳三か武蔵が斃れる時だからだ。 武蔵が頭を垂れて「申し訳ない。お願いする」と詫びた。 「必ず」コトノも約束した。 その時── 部屋の扉が開き、柳生十兵衛が顔を出した。 「武蔵殿、それにコトノハ、お館様がお呼びだ」 それだけを告げ、十兵衛は黙念と扉の側で待っている。 「では約定、くれぐれをお願いする」 そう言い、武蔵は寝ているお通の頭を軽く撫でた。 コトノは武蔵に頷き、お通を起こさぬように立ち上がる。
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