第拾話「奪われて」

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部屋を出たコトノは十兵衛の案内で、隠れ家である広大な屋敷を歩いて行く。 先頭は柳生十兵衛、それにコトノと宮本武蔵が続く。 「武蔵殿、尾張の兵庫助殿からは良く武蔵殿のことを聞いてましたよ」 前を歩く十兵衛が後ろも見ずに、ぽつりと武蔵に言った。 柳生兵庫助── 尾張柳生の祖である。 十兵衛が言ったのは、 武蔵が尾張に滞在していた時、名乗りもせずにお互いの素性が判ったという『達人は達人を知る』という逸話だ。 「うむ、兵庫助殿も天下無二の剣豪だったな」 「ありがとうございます」 「それより、十兵衛殿の眼は父上に奪われたというのは誠か?」 十兵衛の刀の鍔で隠された隻眼のことである。 父・宗矩との稽古で誤って隻眼になったと謂われている。 「稽古が足りませなんだ、未熟な我が身を呪うばかりです」 「そうか……底が見えぬな」 「なんの、武蔵殿こそ」 どうやら十兵衛と武蔵は、会話をしながらその実、お互いの技量を推し量っていたようだ。 「武蔵殿、拙者はお館様の所用で、ちと遠出をします」 「お館様の?」 「なんでも、明日の趨勢を極める大事な物が、或る場所に隠されていると」
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