第拾話「奪われて」

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「土方歳三という男は、必ずわたしを救けます」 「……。」 「何故そのようなことを」 「戯れに訊いたまでよ」 満足したように信長が嗤った。 静かに屹立している武蔵が、嗤っている信長に口を開いた。 「お館様にお願いしたい儀があります」 「申せ」 「明日、土方歳三との一騎打ち、許してもらえますか」 「赦す」 「有難き幸せ」 「武蔵よ、貴様も土方歳三が来ると申すか」 「御意に」 「であるか」 再び信長が豪胆に嗤った。 嗤っていた信長がふいに、 「『生は行動のなかにあり、生の終焉は、行動の様態であり、本質ではない』 人間の生は、何をなしとげ、何をしなかったかで”測られる”とある。 古代ギリシアの哲学者アリストテレスの言葉よ」 自らに問い掛けるように、言葉を紡いだ信長。 「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり……」 有名な『敦盛』の一節を呟き、 「人間という存在が、夢幻のような虚無なのか、それとも歴史を刻む存在なのか──」 誰かに答えを求めるように、信長が虚空に問い掛けた。 あるいは、それは自らに問い掛けた己の存在意義だったのかもしれない。
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